昼過ぎ起床、完璧なルーティンと「奪われた集中力」を読む

日記

今日も昼過ぎに起床。
時間帯としては相変わらず「社会規範的」とは言えないけれど、
自分の中のルーティンとしてはかなり完璧な一日だったと思う。

起きて、身支度をして、机に向かい、
図書館で借りてきた本を開く。
最近はこの流れが、ある種の儀式のようになっている。


「奪われた集中力」を読み始めた

今日読んでいたのは、図書館で借りてきた
『奪われた集中力』という本。

海外の著者が書いた本らしく、
文章の構成や語り口も「海外ノンフィクションっぽい」読み味だった。

最初のうちはなかなか面白く読めた。
集中力がなぜ失われるのか、
現代社会の構造的な問題やテクノロジーの影響など、
テーマとしては興味深い内容だった。


自分の読書スタイルとのズレ

ただ、途中から急に読書がつまらなくなってしまった。

理由は、おそらく自分の読書スタイルにある。
自分は本を「物語として味わう」というより、
情報をスクレイピングするように読む癖がある。

必要な情報、役に立ちそうな知見、
使えそうな概念だけを抜き取っていくような読み方。

その読み方だと、
エッセイ寄りのノンフィクションや思想書は
どうしても「冗長」に感じてしまう。

「この部分、要点だけでいいのに」
「エピソードが長い」
そんな感覚が増えていく。

結果として、
読むこと自体が退屈になってしまった。


思っていた本ではなかった

期待していた内容と、実際の本の内容にズレがあったのも大きい。
もっと科学的・実証的な集中力の研究本だと思っていたけれど、
実際には社会論やジャーナリスティックな語りが中心だった。

悪い本ではない。
むしろ、多くの人にとっては良書なのだと思う。

ただ、今の自分が求めていた本ではなかった

その違和感を無視して読み続ける気力もなく、
途中で読むのをやめることにした。

読み切れなかった本は、潔く返す。
それもまた、図書館の良い使い方だと思う。


図書館という試行錯誤の場

本を買っていたら、「もったいないから読まなきゃ」と
無理して最後まで読んでいたかもしれない。

でも図書館なら、
「違った」と思ったら返せる。

読書を「義務」にしなくていい。
これは本当に大きなメリットだ。

合わない本を切り捨て、
自分に合う本を探し続けることができる。


おわりに

昼過ぎ起床の一日。
ルーティンは完璧で、
読書という行為もちゃんとできた。

ただ、読んだ本は自分には合わなかった。
それだけのことだけれど、
それも読書体験の一部だと思う。

次は、もっと自分に刺さる本に出会いたい。
図書館という試行錯誤の場で、
もう少し読書の旅を続けてみようと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました