散歩の翌日は一日眠っていた|「運動が大切かもしれない」を試した最初の記録

非定型うつ・睡眠 - nodenceの日誌 日記

今日はゆっくり過ごした一日だった。昨日の街歩きの影響が出て疲れていて、横になってずっと眠りっぱなしだった。

2日前に立てた仮説を、やっと試せた

10月1日の記録では、横になりっぱなしで何もできない日が続いていて、やはり運動が大切なのかもしれない、と書いた。ただそのときは雨が続いていて試せていなかったので、仮説のまま置いていた。

昨日、街を歩いた。これで、運動を入れた日と入れていない日を初めて比べられる状態になった。

結果は、翌日まるごと眠った

その翌日が今日である。疲れが出て、横になって眠り続けていた。

これだけ見ると失敗のように読めるが、そうは思っていない。歩けたこと自体が、ここ数日はできていなかったことだ。問題は歩いたことではなく、量のほうだと考えている。

体力のなさを痛感した、というのが正直なところだ。

明日からは時間を短くする

明日からは散歩の時間を短くする。距離を伸ばすのは、そのあとでいい。

この決め方は、生活リズムを戻したときと同じ考え方だ。昼夜逆転を直したときに効いたのは、守る項目をひとつに絞って、一番調子が悪い日でもできる水準まで下げることだった。歩く距離にも同じことが当てはまると思う。

一度で翌日が潰れる量を続けると、歩いた日と潰れた日が交互に来るだけで、合計の活動時間は増えない。それなら、翌日に残らない量から始めて、少しずつ伸ばすほうが早い。

今日はよく休めた

眠り続けていたが、気分は悪くない。かなりゆっくり過ごせた、という感覚がある。

9月26日に休む日を選んだときは罪悪感が残ったが、今日はそれが薄い。疲れた理由がはっきりしているからだと思う。原因が分かっている疲れは、休んでも後ろめたくない。

まとめ

  • 雨で試せていなかった「運動」を、昨日やっと試せた
  • 翌日は一日眠っていた。歩いたこと自体ではなく、量が多すぎた
  • 明日からは時間を短くする。距離を伸ばすのはそのあと
  • 一度で翌日が潰れる量だと、合計の活動時間は増えない
  • 原因が分かっている疲れは、休んでも罪悪感が薄い

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